2017年度公益社団法人七尾青年会議所 理事長所信

■2017年度 公益社団法人七尾青年会議所 理事長所信

第58代理事長 清水 真一路

 

【はじめに】

 1853年、4隻の軍艦が浦賀に来航し、300年続いた太平の世は一夜にして崩壊した。いわゆる「黒船来航」である。右往左往する幕府の役人を尻目に、日本の置かれた現状を直視し、将来を憂えた多くの名もなき若者が、「日本を救う」という志を持って立ちあがり、幕末という混乱期から明治という新時代を創生した。そのなかで強烈な光を放ったのが、吉田松陰を塾長とする松下村塾の門下生たちである。松下村塾では、身分の上下を超え「日本を救う」という志と自己成長への気概を持ち集まった若者たちが、時間を問わず徹底的な議論を重ね、お互いに刺激し合い、切磋琢磨し、自ら学び、自らの想いを発言した。そして、身分や師弟の枠組みさえも超えてお互いのことを友と呼び合い、仲間の意思を尊重した。まさに「こころの交流」がそこでは行われた。

 戦後の荒廃が冷めやらぬ1949年9月3日「新日本の再建は我々青年の仕事である」という志のもとに集った青年により設立された青年会議所は、瞬く間に日本全国へ拡大した。この七尾・中能登の地においても、先達の高い志により1960年6月25日に社団法人七尾青年会議所は設立された。その後の57年間の歩みはまさに新日本の再建とともにあり、「明るい豊かな社会の実現」という変わらぬ指針を受け継いだ先輩諸氏が、変革の能動者としてこの地域に多くの革新をもたらした。そして多くの能動的な市民を世に送り出した。何がその原動力となったのか。私は、青年会議所が行う「こころの交流」がその原動力だと確信している。青年会議所には、この地域の将来を憂い、自分の手で地域を救うという熱意と自己成長の気概を持った若者が、立場や職種を超えて一堂に会し、徹底的に議論する。議論を通して、自ら学び、お互いを刺激し、自らが変革の能動者へと成長を遂げる。そして議論を尽くしたうえで導き出したひとつの答えに対して、手と手を取り合い、行動に邁進する。それは、まさに現代の松下村塾である。

 幕末から明治、戦前から戦後、社会全体が大きな変わろうとしている時代、その時代において、青年は常に先陣を切って立ち上がった。そして現代。右肩上がりの経済成長に対する妄信が限界に達し、人口減少の時代に突入した現代において、今まさに大きな変革の時を迎えようとしている。あの時の志士のように、あの時のJAYCEEのように、責任世代である我々青年が今一度奮起し、立ち上がろう。時代は、今、まさに「こころの交流」を行うJAYCEEを必要としている。

 

【我々を取り巻く環境】

2040年、七尾市は消滅する。「日本創成会議」が2014年5月に「消滅可能性都市」を発表した。このデータに賛否はあるものの、人口減少問題を未来の問題ではなく“今そこにある危機”だということを我々に認識させた。

 厚生労働省が発表したデータによると、日本の人口は2013年1憶2千万人をピークに緩やかな減少を始め、2050年には一億人を切ると言われている。特に深刻なのは急速に進む高齢化であり、1人の高齢者を1人の現役世代が支える、いわゆる肩車型の社会が近い将来到来する。では、我々が住む地域ではどうか。七尾市が発表した人口ビジョン(案)を見ると、1985年まで7万人弱を確保していた人口は1995年以降に急激に減少し、2010年には5万8千人、2035年以降に4万人を割り込むというデータが出ている。人口減少は、遠い昔に既に始まっていた。この事実は、この地域に住むものならば誰もが知っていることである。また、そのなかにある七尾市が目指すべき将来人口規模を見ても、2060年に3万人を超え、能登地域の中核都市としてのふさわしい規模を確保するとしている以上、今後増々の人口減少は避けられない状況にあると言わざるを得ない。そして七尾市の高齢化率を見ると、国より10年早い2040年には肩車型の社会が到来すると予測される。

では、この人口減少の時代において、この国に、そして愛する郷土に明るい豊かな社会を実現する為、我々青年が取り組むべき運動は何か。私は、ひとえに「能動的市民の創生」が我々の取り組むべき運動だと確信している。

 

【能動的市民とは】

 

 人口が減少し高齢化が進む社会において、我々青年を含む現役世代の担いがこれまで以上に増えるなか、今の生活基盤と社会を保持する為には、社会の構成員である我々1人ひとりの質を向上させ、仕事においては生産性を、地域においては社会性を育むことが最善の策であると考える。仕事において、変化の激しい現代社会にて成果を出し続けるには、指示を待つ人間、「言われたことだけをやればいい」と考える人間であってはいけない。自ら情報を集め、意思決定をし、行動出来る人でなければならない。また、高齢化が進む地域社会において、地域のことを顧みず、自分自身のことだけを考える人間であってはいけない。人のことを思いやり様々な活動に積極的に参加する人でなければならない。自ら考え、意思決定し行動する人、そして積極的に地域社会に参画する人、この人々こそが、人口減少の時代において求められる人財、すなわち能動的市民である。

 2040年、七尾市の人口は4万人を割り込み、肩車型社会が到来した。しかし、そこでは人々が生き生きと生活している。子供たちは郷土に誇りと愛着を持ち、志を立て自ら学び遊ぶ。高齢者は、担う部分に変化はあるものの仕事や福祉活動を通して現役であり続けると同時に、いつまでも支える側にいることに幸福を感じる。そして、時代の担い手である青年は、郷土に対する自信を胸に、仕事においても、地域社会において、高い志を持って自ら考え行動する。そんな能動的市民が溢れる地域を実現できれば、人口減少社会は恐くない。

 

【青年会議所が能動的市民を創生する】

 

 会員の修練・奉仕・友情の信条のもと、人を育て地域社会と国家の健全な発展を目指す我々こそが、この地において、能動的市民を創生し続けることが出来る組織である。個人の修練を通して、我々は能動的市民としての自覚を持ち、変革の能動者としての人格を磨き上げる。成長した自己をもって、人生最大の仕事である社会への奉仕を行い、自分を育んだこの郷土に恩返しを行うとともに、利他の精神を持って行動することの素晴らしさを学ぶ。そして、世界との友情を体験することにより、国家の健全な発展と世界の平和と繁栄に寄与する。そして何よりも、青年会議所活動のなかで育まれる会員相互の友情こそが、我が人生の最大の宝であるということを強く意識する。また、様々な機会を通して徹底的に議論を尽くす、そして一度決したことには一致団結して事にあたる。この青年会議所が持つシステムと先輩諸氏の努力により受け継がれた伝統が、我々を能動的市民へといざない、社会を変える変革の能動者になるという自己意識を醸成する。

 

【我々に必要なもの】

 

 このように、時代や地域から必要とされる組織であるはずの我々の会員数は、かつてないほど減少している。確かに地域経済の疲弊は始まって久しい。統計を見ても、会員の所属先である七尾・中能登地区内の事業所数は2000年と比較すると2015年は8割程度に減少している。また、人口流出の煽りを受け、青年会議所対象年齢である七尾・中能登の青年の数も85%以下に減少している。しかし我々のこの間の会員の減少率は、その率を大幅に超えて50%に上る。2013年能登有料道路全線無料化と能越自動車道七尾氷見道路開通、2015年北陸新幹線金沢開業、そしてアベノミクスによる公共事業の増加など様々な要因により、確実に地域経済が上向いていた期間であったにも関わらず。

 今、我々には何が必要なのだろうか。

 ひとつは、この地域におけるJCのブランドイメージの再構築だ。私たちは、地域の若者から憧れる存在にならなければならない。私が入会した当初、ここには燦然と輝く憧れの先輩がいた。その背中に憧れ、「俺もいつかあんなでかい男になる」と心に誓った。私自身、2017年を預かる理事長として、会員から、そして地域の皆様から、憧れられる存在になれるよう、自分を律し、日々の活動に邁進する。理事・役員を初めとする会員の皆様も、JAYCEEとしてのプライドを常に心に持ち、日々の仕事に、活動に邁進してほしい。JAYCEEとして成長する姿を地域に発信することにより、地域の若者から憧れられる組織になれる。そしてまた、我々自身がJCを楽しむことを忘れてはいけない。忙しい毎日のなかで、JC活動に費やす時間を作り出すことは並大抵の努力ではない。時には与えられた理不尽に歯を食いしばることもある。でも、きっとその先には明るい豊かな社会がある、きっとその先には理想の自分が、憧れる自分がそこにいる。そう信じて、笑顔でJCを楽しもう。自分自身が楽しいからこそ、人の心は動かせる。組織にいる人間が光り輝いているからこそ、ひとはその組織に魅了される。

 そしてふたつ目は、時代に即したかたちで我々のあり方も変わる必要がある。57年の歴史を踏まえ受け継いだ伝統や想いをこの組織の根幹として、財産として残すべきものはしっかりと残す。しかし、変える必要がある部分に関しては勇気を持って変える。変化の激しい時代に即応出来る組織へと、私たち自身が変革を遂げなければいけない。

 最後に最も必要なこと。それは熱意だ。国や郷土に対する熱意。青年会議所に対する熱意。愛する人々に対する熱意。そして自己成長に対する熱意。熱意こそがひとの心を動かし、自分自身の心を奮い立たせる。変革の能動者として、能動的な市民として、自分自身の想いを、摩擦を恐れず言葉にし、行動に移せる、そんなJAYCEEにともになろう。

 会員数は確かに減少した。しかし、我々には、摩擦と変化を恐れず、楽しみながら熱意を持って行動する人財、地域の人々から憧れられる可能性を秘めた人財がいる。あとは、私たちが信じる一本の路をただひたすらに突き進むのみ。我々の進む路に間違いはない。

 

【我々が行うひとづくり】

 

 地方で育んだ人財を、進学や就職の機会を介して、大都市圏に供給し続ける時代が長く続いた。その結果、大都市圏に人口が増々集中し、極点社会が到来した。この流れを断ち切り、今一度人が地方に住む為には何が必要なのだろうか。私は、青少年をはじめとするその地方に係わる全ての市民に対して、能動的意識の醸成と郷土愛の育成こそが必要だと思う。これから迎える超高齢社会を乗り切る為には、地域の担い手である我々が能動的に活動することは必要不可欠である。しかし、能動的に活動できる人財に成長した我々が、郷土から心身ともに離れ、故郷の担い手とならないのでは意味がない。例え郷土から離れようとも、自分自身のバックボーンとして故郷に愛着を持ち、様々なかたちで地域の発展に寄与する、そんな人財へと成長を遂げる必要がある。特に、私たちが住むこの地域は、雨ノ宮古墳群や能登国建国1300年に代表される悠久の歴史や季節毎、地域毎に行われる様々な祭事祭礼、そして入り組んだ七尾湾と天然の生簀と呼ばれる富山湾に代表される豊かな自然に育まれた食材など多くの地域資源が存在する。このように魅力溢れる我がまちについて、市民が能動的に考え行動する、そんな機会を創造したい。

 

【我々が行うまちづくり】

 

 多くの地方自治体は地方版総合戦略を発表し、地方創生に向けた地域間競争は既に始まっている。しかし、地方創生の全てを行政に依存していたのでは、真の創生を実現することは決して出来ない。民間だからこそ、特に地域経済に根差した本業を持つ青年経済人であり、志を持ちまちづくりに対して様々な学びを得てきた我々JCだからこそ出来るまちづくりがきっとあるはずだ。

 2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催を見据え、2015年にスポーツ庁が設置された。また、2016年10月に華々しく開幕したプロバスケットボールリーグに代表されるようにスポーツの産業化は今後増々進むと考えられ、これまでも青年会議所は様々な学びの機会を持った。今後もこの流れを継続し、多くの市民を巻き込み、新しいかたちのスポーツを活用したまちづくりについて模索し、提言する必要があると考える。また、心身ともに健康であることは能動的に活動することの原点でもあり、その点においてもスポーツを活用したまちづくりは今後増々重要となる。

 2007年能登半島地震において、自身の被災を顧みず真っ先に現場に駆けつけ陣頭指揮を取る先輩の姿と身を粉にしてボランティアを行う全国各地から集まった会員の姿、そして毎日届くJCIと書かれた段ボールに入った支援物資を、入会2年目で関わった私は今でも鮮明に覚えている。その後発生した2011年東日本大震災や2016年熊本地震など災害発生時には、必ずJAYCEEの持つ行動力とネットワークが被災地のちからとなってきた。また、我々は災害協定を七尾市、中能登町と締結しており、防災に観点をおいた民間だからこそ出来る、青年会議所だからこそ出来るまちづくりについても模索し、提言を行っていかなければならない。

 この地域を愛し、将来に対して誰よりも責任がある我々だからこそ、そして地域に根差した青年経済人の集団である我々だからこそ、出来るまちづくりをともに行おう。

 

【地区フォーラムin七尾】

 

2017年は、40年ぶりに七尾の地において地区フォーラムが開催され、多くのJAYCEEがこの地を訪れる。我々がしっかりとした大会を構築することで、この地に集った会員の意識昂揚に寄与すると同時に、七尾・中能登が持つ魅力を北陸信越地区に広く発信する千万一隅のチャンスであると考える。まずは、今一度、私たちが住むまちの魅力は何か、私たちが持つ地域資源や強みは何か、このまちに住む私たち自身が見つめ直す機会としよう。そして私たちが出来る最上の設えをもって、北陸信越地区の友をお迎えしよう。地区フォーラムが一度きりの七尾訪問となってはいけない。「もう一度、大切なひとと七尾に来よう」と思っていただけるよう大会を構築しよう。

また、地区フォーラムでも多くの公開事業が行われる。我々青年会議所が提言する未来や取り組みを地域の皆様に知ってもらう大変良い機会であり、また市民にとってもよい学びの機会となる。しっかりと地域に対して告知や広報活動を行い、地区フォーラムの七尾開催を広く周知し、我々の運動を効率的に波及させると同時に市民が広く学びの機会を得る地域益のある大会にしなければいけない。

能登はやさしや、土までも。能登の風土をよく言い表したこの言葉は、一説によると、今の中能登町にある石動山登山道において、この地に住む少年の他人を気遣う優しさに触れた加賀藩の武士が残した紀行文が原点だと言われている。この私たちが古くから大切に継承してきた精神性を持って地区フォーラムを主管し、北陸信越地区から集まったJAYCEEに留まらず参加した全ての市民に良き感銘を与え、心の成長を遂げることが出来る、そんな大会を会員一丸となってつくりあげよう。

 

【近隣LOMとの交流と連携】

 

 新年総会における相互訪問や合同懇親会の開催など、これまでも近隣LOMとの交流は活発に行われてきた。また、様々なステージへの出向や各種大会・会議への参加を通して、他LOM会員と交流を持ち、我々は様々な学びと刺激を得てきた。本年は地区フォーラムの七尾開催という好機を活かし、積極的に他地域を訪問するなど多くの皆様と交流する機会と他地域を知る機会を持つ。そして、近隣LOMとの合同での例会の開催などこれまで以上にお互いのことを知る機会を持つ。それぞれの地域が持つ多種多様な問題点や課題について、その地域における責任世代である会員がお互いに語り合い、学び合う。共通して取り組むべきものがあればともに運動を起こす。地域の枠組みを超えて、青年が切磋琢磨し連携することが、お互いの成長を促し、地域を盛り上げる絶好の機会となる。高規格交通網の整備が進み、広域での連携が欠かせないこの地域だからこそ、これまで以上に情熱と責任感をもって活動する友との交流と連携が地方創生のカギとなる。

 

【会員の拡大と資質の向上】

 

 我々はなぜ青年会議所運動に取り組むのだろうか。もちろん、明るい豊かな社会の実現のため。もちろん、未来を担う子供たちにこの素晴らしい郷土を残すため。そして、もちろん、青年会議所を通して、自己の成長を成し遂げるため。私は、この自己成長こそが最もこの組織の魅力だと思う。様々な役職を通して育む人間性と自己表現能力。各種大会や事業を通して得る気づきと学び。そして、会員同志の「こころの交流」による刺激と成長。ひとりでも多くの能動的市民を創生する観点からも、会員拡大を積極的に行い、青年会議所へ多くの青年を誘い、参画しなければ得ることが出来ないこの成長の機会を、積極的に求める熱意ある人財へと成長しよう。そして同時に、青年経済人として、また地域を担うリーダーとして、学び成長できるような機会を多く設けることにより、会員の資質向上を図る。青年会議所に入会すれば、多くの学びがあり、リーダーとしての力を育むことが出来る。そして積極的に参画すれば、必ずや自己成長を遂げることが出来る。地域からそんな風に認められる組織を改めて目指す。

 

【最後に】

 

-他人と過去は変えられない。しかし、いまここから始まる未来と自分は変えられる-

入会して3年目。青年会議所に対して大して価値を見出せないままにいた私に、大切な先輩がかけてくれた言葉。私はこの言葉を片時も忘れたことがない。弱い自分に負けそうになった時、つらい現実に目を背けそうになった時、いつもこの言葉は私の背中を押してくれた。この言葉が、いつも自信がなくオドオドしていた私を、誉れ高い公益社団法人七尾青年会議所の58代目の理事長へと導いてくれた。

愛する国と地域のため、愛する青年会議所のため、そしてなによりも私を支え続けてくれる友と家族のため、青年会議所活動に、地域の活動に、全身全霊をかけて邁進することを、私は、私の大切なこの言葉にかけて、お誓い申し上げます。

さあ、「こころの交流」を通して、ともに自分自身に変革をもたらそう。

さあ、「こころの交流」を通して、ともにここから始まる未来を創ろう。

2017年の一年間、何卒宜しくお願いします。